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克己 黎さん (8kvydqc8)2024/1/3 12:09削除『善き人のためのソナタ(2006年・ドイツ映画)』シュタージ(Stasi)について
克己黎
*はじめに*
今回の映画の集い発表(2024年2月18日日曜日)に合わせて、5冊のドイツ関連本を購入した。
1●『物語 東ドイツの歴史〈分断国家の挑戦と挫折〉』(河合信晴・中公新書)
2●『物語 ドイツの歴史〈ドイツ的とは何か〉』(阿部謹也・中公新書)
3●『闘う文豪とナチス・ドイツ〈トーマス・マンの亡命日記〉』(池内紀・中公新書)
4●『シュタージ(旧東独秘密警察)の犯罪』(桑原草子・中央公論社)
5●『あるようなないような話』(ライナー・クンツェ作・野村 泫訳・和田誠絵・岩波書店)
1と4は東ドイツ(DDR)についておよびシュタージ(Stasi)、西ドイツ(BRD)について特集された内容であった。
2はドイツの歴史概説、3はトーマス・マンについて書かれたものであり、2と3は文学横浜の会の2023年12月読書会の『夜と霧の隅で』(北杜夫・新潮文庫)に興味を抱いたこともあり購入したものである。この2と3については機会があればフランクル『夜と霧』の話をするついでに述べてみたい。
*1『物語 東ドイツの歴史〈分断国家の挑戦と挫折〉』(河合信晴・中公新書)について*
1は東ドイツと西ドイツを中立に見つめた内容であり、ベルリンの壁建設から崩壊まで、またウルビリヒト政権からモドロウ政権になり、シュタージ暗躍から解散までが年譜のように述べられていた。
シュタージは、1950年2月に内務省から独立する形で、国家保安省(Mfs,Staatssicherheitsdienst略して通称、 Stasi)として設立された。シュタージは閣僚評議会ではなく、国の組織ではない、政治局に直属し社会主義統一党(SED)の《党の剣であり盾である》と称される。
シュタージは、非公式協力者(IM,Stasi-Inoffizielle-Mitarbeiter)を増やし、1990年に廃止されるまで反対派の監視だけでなく職場での生産活動の様子や消費財の不足に対する不満の声を収集した。
人々の間で、「盗聴と拘束のための人民所有企業」と揶揄され、監視対象は恣意的に選ばれ、正当性に欠けていたとされる。
シュタージが収集した資料は、現在連邦政府直属の旧東ドイツ国家保安省文書のための連邦委託監理団体(BStU)が管理し、博物館運営と政治教育を行っており、シュタージ文書は、本人が当時監視されていたかどうかの確認を求め、記録が発見されれば実際に見ることができる。また許可に日数はかかるが、申請すれば研究目的での閲覧も可能とのことである。
個人情報と思われる箇所にはあらかじめ黒塗りがされているが真っ黒に塗り潰されているわけでないそうである。
映画『善き人のためのソナタ』でドライマンが後半、自分の資料を閲覧することができたのは実際にもできるからである。
また、1は、2020年の発行の本なため、資料が揃った状態で中立に描かれており、
映画『善き人のためのソナタ』については次のように記述されている。
「シュタージの職員の監視活動を描いた『善き人のためのソナタ』(2006年)は、監視対象者の私的生活の機微に触れるなかで、人間性を回復するというストーリーが展開される。公の汚い世界から隔絶した世界の意義が強調される。」(146頁)
また、1によれば、社会主義統一党の知識人への締め付け(作家ライナー・クンツェへの締め付け、西ドイツへの亡命)、1987年11月のシオン教会の環境文庫(『グレンツファル』出版について)のシュタージ捜査では、
「24日から25日の未明にかけて、シュタージは検事を伴って家宅捜索に入った。〜しかし実際には、その印刷はなされておらず作戦は空振りに終わる。それにもかかわらず、印刷機が差し押さえられ、その場にいた人は逮捕された。」(229頁)
があったとあり、
映画『善き人のためのソナタ』は、ライナー・クンツェへの締め付けや、シオン教会の印刷機の件などを参考にしていると思われる。
また、作中でクリスタ・マリア・ジーランドがCMSと略されることは、GMS(社会領域保安協力者、Gesellschaftlicher Mitarbeiter Sicherheit)の略語となにか関わりがあるのではないか、と感じた。
*4『シュタージ(旧東独秘密警察)の犯罪』(桑原草子・中央公論社)について*
4は、1で少しだけふれている、作家ライナー・クンツェほか、作家エーリヒ・レースト、シュタージ書類法、旧東ドイツの罪、IM(非公式協力者)狩りまでが事細かに述べている。
4は1990年のシュタージ解体から間もなくの、1993年に発行された厚い本で、1991年12月20日の統一ドイツ・シュタージ書類法成立から、急速に書かれたものであり、なかなか読み応えがある本であった。
この4に拠れば、シュタージ書類は、
「シュタージによる大規模な湮滅を免れてなお残った書類は、四百万東独市民と二百万西独市民、合わせて六百万ドイツ市民に関する個人情報で、その書類ファイルを並べてゆけば百六十八キロメートルに及ぶ量である。それにさらに十キロメートル弱の索引カード類が加わる。」(12頁)
とあり、自分について調査されたシュタージ書類を、対象者自らが閲覧する、
「何年も何カ月も、自分の情報書類の上にかがんで過ごす人がこうして誕生したのである」(14頁)
光景が見られた。
「シュタージ書類はわれわれのもの!」というスローガンがシュタージ占拠のとき掲げられ、「シュタージ個人情報書類の保全と利用に関する法律」によれば、
「この法律は、当法律の目的のひとつに「リハビリテーションのためにかつてのМfS(シュタージ)(国家保安省)/AfNS(ナージ)(国民保安庁)の個人情報を利用することを可能にすること」と明示している(第一章3)」(58頁)
「個人情報書類は、シュタージ被害者自身がリハビリテーションのために利用できる他に、学問的研究目的のためにも広く開かれた(第一〇章)」(59頁)
と、している。
またIM(シュタージ非公式協力者)は市民3人に1人はそうであったとされる。
映画『善き人のためのソナタ』のドライマンのおそらくモデルとなったであろう、作家ライナー・クンツェや、作家エーリヒ・レーストら、作家、芸術家の監視をしたのはおそらくシュタージ第二十課である。
「ちなみに、シュタージ第二十課とは、国家の諸機関内や芸術活動、文化活動、および地下活動の監視・偵察を担当した課で、レーストに対する監視を担当したのも主としてこの課である」(87頁)
エーリヒ・レーストは『暗号名「作家Ⅱ」』
ライナー・クンツェは、『暗号名「抒情詩」』であった。彼らはシュタージだけでなく多数のIMにより諜報されて記録されており、後日、彼らは自らを対象としたシュタージ書類を元にして、長編の作品をそれぞれ書いて発表している。
ライナー・クンツェのシュタージ書類は、全12巻、3491頁に及ぶものであったそうで、実際はさらに膨大にあったものの、焼かれてしまったものもあったらしい。
エーリヒ・レーストが抜粋したシュタージ書類に対して、ライナー・クンツェが抜粋したシュタージ書類は、このような特色があった。
「クンツェによるシュタージ書類公開について、特筆すべき第二点目は、この種類がインテリでもなんでもないふつうの東独市民がスパイとして働いた姿を、はじめて内外に公開し、クローズアップしたという点である」(183頁)
ライナー・クンツェの書類公開は、『暗号名「抒情詩」―東ドイツ国家保安機関秘密工作ファイル』(ライナー・クンツェ著・山下公子訳・草思社)で日本語訳されている。
*5●『あるようなないような話』(ライナー・クンツェ作・野村 泫訳・和田誠絵・岩波書店)について*
ライナー・クンツェは詩人、作家、童話作家でもあり、今回、私は『あるようなないような話』(岩波書店)を入手した。暗さを感じさせないメルヘンとなっている。和田誠の絵が可愛らしい。西ドイツの児童文学賞を本作で受賞した。
※ライナー・クンツェについて※コトバンクより下記は引用した。
ライナー クンツェ
(英語表記)Reiner Kunze
現代外国人名録2016 「ライナー クンツェ」の解説
ライナー クンツェ
Reiner Kunze
職業・肩書詩人,作家
国籍ドイツ
生年月日1933年8月16日
出生地ザクセン州エルツゲビルゲ
学歴ライプツィヒ大学卒
受賞ドイツ青少年図書賞,ビュヒナー賞〔1977年〕,ヴェルヒハイマー文学賞〔1997年〕,ヘルダーリン賞〔1999年〕,ハンス・ザール賞〔2001年〕,ヤン・スムレク賞〔2003年〕,STAB賞〔2004年〕
経歴ザクセン地方エルツゲビルゲのエルスニッツに炭鉱労働者の息子として生まれる。1951年ライプツィヒ大学に入学、哲学とジャーナリズムを学び、’55年には同大助手となった。第二次大戦を経て16歳の時すでに共産党に入党、’50年代には“体制的”ともいえる詩作を発表していたが、この間に体制への疑問が生じ、内的価値感を根底から問い直すべく、’59年大学を去り一肉体労働者となる。’61年チェコスロバキアの女医との結婚を機にチェコの現代詩に傾倒、その翻訳・紹介に努め、以後、詩人・作家として活動。’73年詩集「Brief mit blauem Siegel」を発表し、若者達の熱い支持を集めながらも、’68年のチェコ事件を機に東ドイツ詩壇よりその名を抹殺され、’77年には西ドイツへの亡命を余儀なくされた。著書に、詩集「傷つき易い道」「声高でなく」「一人一人の生」、散文集「素晴しい歳月」、童謡集「あるようなないような話」などのほか、自身の秘密調査ファイルを編集した「暗号名『抒情詩』―東ドイツ国家保安機関秘密工作ファイル」がある。
*まとめ*
年末年始で、シュタージ書類関連についてなかなか読み応えがある本に取り組んだことは、私にとっては感慨深かった。
また、『善き人のためのソナタ』でドライマンが書類を閲覧するところが引っかかっていたのだが、事実上、可能とわかり、改めて統一ドイツの自由とは何かを考えるようになった。
ドイツについてもっと学びたいと改めて感じた。
2024.1.3 克己黎